6/29/2019

毎日毎日雑文を書くことの意味とは

ぎゃふん!ゆうべブログの記事を書かずに寝てしまいました(;´Д`) 

ブログの記事はいつも翌日の午前0時(日付が変わるタイミング)で予約投稿にしているので、厳密に言えばまだ今日の日付での更新はできるということでこうして朝起きてぱたぱたとキーボードを叩いております。やべーあぶねー。

ゆうべ寝る前に「あっ・・・今日ブログ書くの忘れてた・・・まあいいや、明日起きたら書こう・・・」と思って寝たんですよねー。別に義務ではないので書かなくても誰が困るというわけでもないのだけど、今年は毎日更新を目標にしているので今日も書くよー。


そもそもブログを毎日こうして書いている理由のひとつに「毎日文章を何かしら書くことで見えてくるものがあるのであればそれを見てみたい」というのがあります。別にこんな雑文を毎日一千文字ちょっと書き散らしたからといって文章が上手くなるとか、そういうことはないと思うんですが、ジャーナルを書くのと一緒で自分の考えていることのアウトプットになればいいなと。

文章を書く、というのは自分で思っている以上に思考を整理するのに役立つんですね。書きながら「あれっ、自分はこんなことを思っていたんだ」と思うこともよくあります。


こないだビデオでちょっと最近凹んでいたんです、という話をしたのだけど、実はそのビデオは2回撮り直しをしました。というのも、最初に撮ったビデオには本音が毒々しく出ていて、わたしは有り体に言えばとっても怒っていたのです。カメラに向かってしゃべり終わったあとで「自分はこんな風に思っていたのか!」と気付いて愕然としてね。


あぁそっか、わたし怒っていたんだな。こんなことを言われて悲しかったんだな。

というのにはっと気づけた時そのビデオの役割は終わったというか、そのビデオを世に出す必要というのは全然なくなったのでそのまま編集もせずに消しました(笑)

自分がどう感じているのか、怒っているのか、嬉しいのか、悲しいのか、嫉妬しているのか、悔しいのか。そういう気持ちを自分でちゃんと認めてあげないで自分の奥底にどろどろと澱のように溜めているのはあんまりよろしくない。

どんな感情でも自分がそう思っていることを一旦認めてあげて、そこからどう昇華していくかが大事なんじゃないかなー。


なんていうか、日本人は特にこういうネガティブな感情を表に出すのはよくないと教えられて育ってきているので、つい気持ちを押し殺してしまいがちなんですよね。そういうのは鬱の原因にもなるしよくない!

人間なので、嬉しい気持ちも悲しい気持ちもあるのが当たり前。ネガティブな気持ちも「ただそこにある」ことを認めてあげる、自分がそう思ったという事実を認識してあげるだけでも前へ進む助けになるんじゃないかなとわたしは思っています。



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